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2004-12-12

小御門神社

小御門神社 また神社に呼ばれたみたいです。仕事中、とある店に台車を置いてきたことに気が付いたんですね。そこから取りに戻るのは遠くに来過ぎたのですが、最後の店が終わったあとで、ちょっと遠回りすれば帰りに行ける事に気が付きました。で、その台車回収のために初めて通った田舎の県道・・・、大好きな空気の中、気持ちよくハンドルを握っていると、昼下がりの逆光の中で正面に突如現われたのは、とても大きな古びた鳥居・・・。  「あっ!」と思った瞬間、ウィンカーを出して対向車線を突っ切り、鳥居の左前に停車していました。神社の名前を見てみると、小御門神社(こみかどじんじゃ)。御祭神は藤原師賢(もろかた)公・・??、誰それ??  えーと?神社の由緒書きの看板を見てみと・・、うわっ!!、後醍醐天皇の側近中の側近!!。ついに出たぁ~ごだいごさま~、、。
あのね、はっちゃんもしかしたら新田義貞公に過去世で縁があるかもしれないんですよ。それでね、義貞公から見ると、後醍醐天皇ってどうにもスッキリしない感情を感じてね、はっちゃんは後醍醐っていう言葉を聞いただけで、なんだかとても重苦しい気持ちになっちゃうんです。  まあ義貞公のことはあとで詳しく述べることにいたしまして、ここでは藤原師賢公のことを話題にしてみましょうか。この人が何をなさったかと申しますと、後醍醐天皇の2回目の御反乱ですね、元弘の変(1331年5月)です。このときに天皇に成りすまして延暦寺に立て篭もるんですね。そこで僧兵らを味方に付けて、一時は幕府方の六波羅探題の軍に対して勝利を治めるのですが、ひょんなことから偽の天皇であることが味方にばれてしまいまして、それで総崩れになります。  そして笠置山におわします後醍醐天皇と合流したりはぐれたりするのですが、京都で潜伏中に敵方に掴まってしまいます。そして下総の国へ遠流が決定、1332年5月、下総介千葉貞胤が公の身を預かり下総に発つのです。が、しかしその年の10月29日、32歳の若さで下総の国に没することになってしまいました。  この翌年すごいことが起こります。隠岐ノ島に流されていた後醍醐天皇が脱出!、楠木正成足利尊氏・新田義貞の同時蜂起により、鎌倉幕府が陥落。ついに後醍醐天皇は3度目の正直で天皇親政の世、建武の新政を実現することに成功されます。しかしこのときもっとも寵愛した側近・藤原師賢公はすでになく、天皇はいたくこれを追惜し公の墳墓に使いを出すとともに、太政大臣を贈り、文貞公のの諡号を与えられたそうな。神社に祀られたのはこのずいぶんあと、明治時代になってからなのです。  ということでね、この師賢さまは下総の国に鎮座ましまして、今回はっちゃんとご縁があったわけですが、今は神様ですから、ご神徳があるんです。それがなんと『身代わりの神』『回復の神』としての御神徳だそうで、そういう種類の祈祷を、小御門神社では執り行っているらしいのです。航空機事故とか交通事故の身代わりをなさるということですね。それと病気や事業の回復も引き受けてくださるという神様です。せっかくご縁があったから宣伝しておきましょうかね、すごい神様なんです!!  それにしましても後醍醐天皇もすごいですよね。まあ歴史の評価はいろいろあるでしょうけど、なにしろめげない。ご自分のビジョンを達成するためには手段を選ばないと言うのでしょうか、駄目だと思うと謝るのですが、その後同じことをしたりしてね。それに貴族とか武士とか全然信用していないくせに、そういう人たちを目的達成のために使えるんですよね。これってどういうことでしょうか、元々眼中に無いはずなのに・・・。なにはともあれ、すごいエネルギーだと思います。  この後醍醐天皇に関しましては、今後考察を深めていきたいんですよね。ご縁を感じる方、知識を持たれている方は、ぜひコメントの方を宜しくお願いいたします。 <関連資料> ・建武中興十五社 ・南北朝時代安養寺
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げっ、また?!それとも?

今日はずいぶん早く日記を書いています。<a href=http://blogs.dion.ne.jp/arf/tb.cgi/334452はっちゃんのブログで後醍醐天皇が登場してから、パソコンは不調、私は本日風邪で具合が悪くなりました。後醍醐天皇との縁、南北朝時代の争いに関係ある何かを見つめる時期に来

後醍醐天皇

アセンション・リーダーズ・フォーラムで後醍醐天皇ネタが盛り上がっています。私自身どうしてもこの方の事が気になって仕方がありません。安養寺の社でも時々会話をしますので・・とても身近な天皇です。はっちゃんのサイトでは建武の新政で倒幕の戦場舞台となった船山

はっちゃん

アセンション・リーダーズ・フォーラムというブログがあるのですが、ここは「はっちゃん」という幸福の科学の会員さんが書いてます。前にも紹介したことがあるのですが、タクシードライバーはっちゃんのページと...

動き出してる?

尋ね人:こちらで後醍醐天皇ゆかりの人を預かっております。お探しの方はご連絡を。

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おはようございます。今回も一番乗りのおからです。
後醍醐天皇ですか。ついに出たって感じですね。
私のイメージでは「とんでもねぇおやじ」です。そのバイタリティーは
すごいけど、この人は人間不信もいい所ですね。
どんな幼少期を過ごしたんでしょう。
こんな人に楠正成みたいな人がよく付いていったと不思議です。
やっぱり時代の流れでしょうか。
後醍醐天皇は心から愛した人や大切にした人はいたのでしょうか。
それが知りたいです。
何だか知っている限りでは損得抜きで人を見たことがない気がします。
どうか気のせいであって欲しいです。
ではでは。

おお、おからちゃん、歯に絹着せぬご発言ですね。
母君もすごかったみたいですよね。
後醍醐さまを天皇にするためには手段を選ばずと言った感じ。
楠正成公好きなんですか?、忠義がすごいですよね。
関東の方から見ると、正成公は山人(やまんちゅう)に見えますかね。
山のことを知っていますよね。関東の騎馬民族とはちょっと種類が違います。
そう言えばおからちゃんの好きな『アテルイ』ですね。彼も山人な感じがいたしますね。
そういう人が好きなんでしょうか・・・。

こんにちは。
…えっとですね、実はですね、ウチの神社のスタッフにですね、大層後醍醐天皇と深いご縁がある方がいらっしゃるのです。というか、○○なんです…。ドキドキしました。
私自身がその方とどういう関係があるのかは分からない(上に、私はその歴史には全く知識がない)のですが、楠正成公さんは、今でも後醍醐天皇をお守りしてくれているのだな、という出来事が先日あったばかりなのです。
うう…これって言っていいのか分かりませんが、今後また直接的なご縁があるかもしれませんね。
すいません、まわりくどいコメントで。

こんにちは。おからです。
かなりズケズケ書いてしまいました。
楠正成が好きとか後醍醐天皇が嫌いとかはないのですが、
歴史を知るともっと尽くしがいのある人に尽くした方がとか、
いいように利用して都合が悪くなるとポイ?とか考えるわけです。
しかし、母君もとは…。うーん…。
昔の人って律儀だなと「忠臣蔵」や「新撰組!」を見て感じました。
そこが私は現代人なわけですね。
私と後醍醐天皇は何かあるのかしら…。
アテルイはどうしたことか惹かれるんです。
気に入る人のタイプがわかってないので、
よくわかりませんが、はっちゃんの言われるとおりかも。
miko様、はじめまして。おからと申します。
ぼろかす発言でごめんなさい。
口が悪いので、失礼しました。
死んでもなお後醍醐天皇をお守りする楠正成ってどこまでも忠臣ですね。
これだけ家臣に慕われるのだから、何らかの魅力のある人物だとは思います。
よいご縁でありますように。

つっ!!・・ついに後醍醐様直接の関係者がいらっしゃいましたか。それはそれは・・・。
スタッフの方ですか?、是非この場でコメントを頂きたいものなのですが・・・。
私もちょっと後醍醐様のフォローをしておきましょうかね。
後醍醐様って普通の人として捉えると、おからちゃんがおっしゃるように、『とんでもない人』というのが、現代人的な感覚では妥当な感じがいたします。
しかし、後醍醐天皇が理想とした国家のあり方というのは、明治時代になると俄然評価されてきます。
南北どちらが正統なのかという議論が高まり、明治44年、明治天皇は「南朝が正統である」と御宣言。その影響もあって小御門神社が創られたり、正成公や義貞公が忠皇の英雄として祀られるようになったのです。
このようなことになってきたのも、後醍醐天皇が国家のあり方に対して、とても高い理想を持っていたからだと思います。明治政府っていうのは、そもそもその理想を実現したかたちであると、言えないことはないのです。

きましたね^^後醍醐天皇。
坂本竜馬みたいな、新しい時代を創るために、ひとつの事に集中できる力をもたされて生まれてきた方がいますよね。
後醍醐天皇もある意味「とんでもない人」かもしれませんが、大我のために必要だったから、その道に進もうと思ったのでは・・と感じています。
吉野の城跡に縁があり二度もお参りさせていただきました。あの寂寞とした思いは何だったのだろう・・と思います。
今もお守りしているという楠木正成の忠義の思い・・涙が出ます。

はっちゃん様、おから様、雪の花様
許可が出ましたので(笑)、コメントしに参りました。
我が神社のスタッフであり、私の普段勤務する会社の社長がそのご本人で、後醍醐天皇の正当な末裔になるのだそうです。
ところで私の勘違いでしたが、楠木正成さんでなく、そのご長男の小楠公さんがお守りして下さっているようです。
社長は普段ずっと東京にいたのですが、今月から大阪に来て仕事する事になりまして、住むために借りた部屋の地域の氏神様が、その方との深い関わりがあったようです。
ちなみに私が以前住んでいた地域の氏神様は、この小楠公さんをご祭神とした神社でした。今は私と入れ替わりに、また別のスタッフがそこに住んでいますが、もともと上記の神社は、この神社から一部移築(?)したらしいのです。
誰ひとりとして、その事を知って引っ越した訳ではないので、本当に何かご縁があるとしか思えませんが、今はどういう関係があるのかさっぱり分かりません。
では、また今後何かありましたらご報告いたしますね。
(ご縁&ご興味がありましたら、いつか当神社のパワースポットツアーにも参加してみて下さい。当人が参りますので。)

mikoさん
すごいことですね~正当な末裔というと大○さんですか?ご縁とは凄いですね・・でもそういうものなんですよね。
小楠公さんですか、涙がでます~。
パワースポットツアーに興味あります

そ、、そうでしたか、末裔さまですね。
ちょっと私自身はコメントしずらくなってきました・・。
後醍醐天皇に関する感情がまだ整理できていないもので。
う、、うーん。
雪の花さまは『吉野』に何か感じますか。
4度目の御反乱で、正式に南朝が誕生したころですよね。
「その三種の神器は偽物だ~!!」
その前に天皇は義貞や恒良親王らを見捨てるようにして、尊氏に和睦を願い出たのではなかったでしょうか・・・。
うぅ、、いかん。。。
この感情も『総決算』ということでしょうか・・・。

あ、すいません、刺激が強すぎましたか…?
あまり気になさらず、思った事をコメントされる方がいいかと思いますよ。
とらわれないよう、解き放ってあげて下さいね。
前世は前世、今は今。因縁とか色々あるのかもしれませんが、誰しも乗り越えなければならないと思うのです。
当人がこれらの事を意識するのは多分まだ先だと思いますし、受け入れられない人ではないと思うので。

こんばんは、後醍醐天皇ネタで盛り上がっているとの事ですので、私も是非参加させて下さい。
私の住む米子市は、後醍醐天皇が島流しにあった隠岐から近く、また私がいつも通う大山に約3000人は居たという僧兵達は、隠岐から上がった後醍醐天皇を足利軍から守る為に船上山合戦で活躍しました。そのゆかりの地、名和神社も近くにあります。そして私は現在後醍醐天皇の娘、瓊子内親王墓のすぐ横に住んでおります・・。
私は後醍醐天皇について、とんでもない人だとは思いつつも、父を思う瓊子内親王の気持ちに同調してしまう為に、娘から見た父への想いを感じるのです。だからとても後醍醐天皇の事を身近に感じると共に、身内のような・・(ごめんなさい直系の方には失礼ですね^^;)気持ちになってしまうのです。
瓊子内親王の陵墓があります「安養寺」は勢い余って先ほどアップしてみましたので、ものぐさな時の暇つぶしにまた訪れてみて下さい^^ 私はどちらかというと、後醍醐天皇の事はやはり好きだと思います。歴史上で語られるとんでも経緯の裏に、人間的な深い魅力が秘められているように思います・・(笑)

そうなんですかぁ。
直接感じる方はそう思われるんですね。
でしたらきっとそうんでしょう・・・。
あとでサイトに行っていますね。
私の感情は私の問題ですので、mikoさんのせいではありません。
むしろ自分の魂が「今見つめたい!」って言っているのではないでしょうか。
だからこそ情報と刺激が欲しいのです。
もっと書いてぇ。。

おはようございます。おからです。
後醍醐天皇と本気で何かあるのではと考え始めました。この話が出てから、パソコンは固まり始めるし、今日は風邪で熱出してダウンだし、何らかの関係がありそうです。
今から寝ます。おやすみなさい。

ふと思いついたキーワード。後醍醐天皇縁地の浄化。戦国時代の傷跡はとても深く、地球に傷跡を残しているように思います。後醍醐天皇のゆかりの地と言えば、動乱が付物で何となく足を遠ざけてしまいがちですが、そんな場所こそ光を通さなければならないような気がします。後醍醐天皇に縁ある身の私としても、神事として後醍醐天皇縁地を歩いて動いてみようと思います。
隠岐にも渡ってみようと思います。来年のテーマのひとつですね・・。

皆様へ
あの…何だか大変な事になってしまってすいません。
はっちゃんさん、おからさん、大丈夫ですか…?
もっと書いてとおっしゃっていたので、ここまで来たらもうひとつ書かせて頂きますが、有華さんのコメント中の「名和神社」…。実は、ウチの神社の巫女のひとりが、後醍醐天皇の側近、名和長年さんのご子孫です…。
実は、この記事が出る前に、次回1月に行う予定のパワースポットツアーは「出雲」あたりという話が何となく出ていたのです。
まだ細かい場所設定はしていなかったのですが、この記事やコメントから、自然と行く場所が決まってしまいそうです。何か動き出しているのかもしれませんね…。
もしそうなったら、有華さんには現地で合流して頂きたいくらいです…。

こんにちは。おからです。
miko様、大丈夫ですよ。私は何でもシンクロを起こしては体調がおかしくなるので、気にしないでください。
次は冬至と正月ですね。今回おかしいのは体だけでしかも軽そうですし。
それでもどういった関係でシンクロを起こしているのかは自覚したいので、知っていることがある方は書いてくれると、想像する材料になるのでありがたいです。
出雲へスポットツアーですか?いいですね。出雲はいい思い出があるので好きなんです。行かれたらレポート書いてくださいね。見にいきます。

おからさんは受信しやすい体質なのですね・・。早くよくなりますように・・。
名和長年の子孫ですか。それは驚きました・・。名和という地は非常に関わりが深く、父方は代々武家の流れでしたが、もともと名和に居たようです・・。私と関わる人(昔の彼とか・・)名和の人が多いのです。
とにかく来年から出雲はどんどん動き出すと思います。神事で訪れる人も多くなると思います。そういう意味でも私は大山&出雲交流掲示板を作りましたから・・。名和神社と船上山には今度訪れようと思っていました。mikoさん、出雲神事は同行しますよ。是非声を掛けてください。

余談ですが、はっちゃんが記事でリンクしています「建武の新政」に名和長年が出ていますね。船上山合戦で倒幕をした。古戦場船上山に訪れようと思っています・・。少し怖いけど。

そうそう、名和長年公を忘れてはいけませんよね。
武将三人集よりも、ご醍醐様にとっては大切なお方なのではないでしょうか。
私としましては、心理的距離が遠いのですが・・。
地理的な問題でしょうか・・。
それにしましても、今日仕事でおもいっきり『カルマ出し』モードでした。
こういうことで会社に迷惑をかけるのは不本意なのですが、すべての出会いがご縁なので、それも必然でしょうか。やるせない感じがいたします。
疲れたから寝ます。
あした挽回しなければ・・・。

はっちゃん様
吉野がなんなのか私にもわからなかったのに、突然雑誌で見た天河に、行く!!
と決めてしまいました。そう思ったとたん近隣県に出張が決まりました。出張に休みをぶつけ、レンタカーを借り、何故行かなくてはいけないのかわからずに行ってしまいました。
宮司さんはびっくりされ(まだ今みたいにポピュラーな神社ではなかったから)とても親切にしてくださり、岩磐まで触らせてくださったんです。裏に後醍醐天皇の城跡があるよ・・と教えて下さったんです。行ってびっくり・・土台が残っていたのも驚きですが、寂寞とした思いが残りました。何故ここにいるの?天河弁財天に来たかったのに、本当の理由はこれ???と思いました。懐かしいではなく、苦しいではなく、「空」という感じでした。草むしりをしていたおばあちゃんが、「どこから来たの?」と、「北海道です」と答えると、「まあまあ、ご縁のある人じゃなければ、ここにはこれんで・・お参りしておゆきなさい」この言葉だけが残っています。

続きです。
明治天皇が南朝を認めたのは、天皇自体が南朝の正統な末裔だったからだそうです。光永親王が大内氏や、毛利氏の庇護を受け、大○さんと名乗っていたそうです。その家の長男が突然姿を消しました。そして即位したその方は明治天皇と(すりかわった)なっていたそうです。またこの成り代わった方は、伊藤博文と幼馴染だったそうですよ・・だから南朝の復古は当然なんです。
皇女和宮は替え玉だったと言う説がありましたから、この説もあながち嘘とも思えません。

はっちゃんさま、お大事に・・。雪の花さま、とても詳しい・・。そして突然の出張、これ偶然ではありませんね。「空」という気持ち何となく伝わります・・。何となく私も「空」の気持ちです・・。今日はゆっくり眠りたいと思います。

えっ!!、明治天皇は南朝の方だったのですか??
すりかわった??、なんというミステリー。。
だから明治時代が好きだったのかも・・・。
☆有華様
『縁地の浄化』ですか。祈ららのレベル4って感じですね。
『市内参拝』で体力を付けておいたほうがいいということですが、有華さんの場合は心配なさそう。
私も義貞公ゆかりの地に行きたいんだけれども、全然縁が無いなぁ。行かなくていいのかな?
ご縁がある人に出会うと、それだけで縁地の浄化と同じ効果があるような気もするんですけど。
みなさんいかがでしょう。

祈ららレベルというものがあるのですね。神社で光を通す神事はずっと行ってきたので、多分大丈夫だと思います。
ただはっちゃんの言われるように、縁のある人と出会うとそれだけで縁地の浄化効果があるというのも感じますね。その関わり方によってかもしれませんけど。
明治天皇に関わらず、歴史的人物の系統図に最近大きく?印の私です。

こんにちは。コメント数がすごいですね。
「祈らら」さんのサイトは私がブログを始める前から時々拝見させて頂いてます。(紫野ひかりさんの日記を今でも時々拝読させて頂いています)
昨日ある方からメールで、私に「前世で武士だった事はないですか」という事を言われました。何か、ブログを読んでいて、そう感じられたそうです。
…祈ららの方々って、拝読した感じだとそういう方が多いのですか?歴史上の合戦とかに関わる浄化を中心にされているイメージがあるのですが、こんなことを言われたら、私もやはりそこに関わる何かがあるのかなぁと思いました。
ウチの神社のスタッフたちは皆色々他にもご先祖関係が結構意味ありげなのに、私だけはご先祖の事とか何も分からないので、前世以前の問題で?がいっぱいですが…。

こんにちは坊ちゃんです。私のブログにわざわざコメントしていただきありがとうございます。「祈らら」のことはよくわかりませんが、「幸福の科学」は早くやめたほうが運が良くなるような気がします。
実際、私がそうで、幸福の科学を正式にやめてから、すべてが順調になりました。
それでは、がんばってください。

☆有華様
 出会いでスピリチュアルに成長するためには、自分の方が変わるという意識がないと、なかなか成長の機会にはなりにくいかもしれませんね。
最近よく言われている『固定観念』ですね、重たき想念を手放すんだという覚悟がないと、相手を変えようとか、都合よくコントロールしようとかいう思いが出て、『意味』を見出せなくなってしまうのかもしれません。
 出会いには『意味』に耳を澄ますことが必要かと考えます。
 系図ですか。有華さんが後醍醐系であることは確かなような・・・。今日仕事中にそんなことを考えていました。

☆mikoさま
 祈ららの祈りをしなければならないと使命感みたいなものを感じる人は、やっぱり歴史上の人物なんだと思います。でも会員の人たちはほとんど自覚が無いみたい。
 以前掲示板でひかり先生が「ほとんどみんな歴史上の人物」とかおっしゃったら、大反響になってしまいました。先生には当たり前の感覚みたいですが・・・。
 mikoさんも探求の余地がありそうですね(^.^)
☆坊ちゃんさま
 お越しいただきありがとうございます。
 そうでしたかORだったんですか。辞めてから運がよくなったというのは、ご経験から出ている言葉だけに、無視するわけにはいかないかもしれませんね。
 私の感覚では「クビにならない以上、わざわざ辞める必要も無い」という感じなのですが・・。ときどきは「こういうところがいい」と言いたいときもありますし。『否定』がまたこだわりになってもどうかと思うんですよねぇ。うーん。。。

有華さん
私、物議を引きおこしましたか・・^^
天皇や、歴史的に名のある方々は、秩序を守るために必要だったから、どうしても名を残さねば為らなかったのでしょうね。身代わり・そういうことにする・・はあったようです。
実は私の母方の曽祖父とその娘たちは明治天皇にお仕えしていたんですよ。ですから、天皇の御為に・・という気風が家には残っていました。私の子供のころ、バリバリの天皇崇拝組の祖父が、祝詞奏上の後に明治天皇や、大正天皇、昭和天皇のお写真に手を合わせていました。子供心に清く正しい日本の心・・という風に見ていましたよ(笑)
秩序と意味では、必要なことだったのだろうなと思っていました。

mikoさん
私もmikoさんみたいに、前世のことを何にも知りませんでした。
でも何のご縁か神様事のお手伝い(雅楽のお琴奏上)をするようになってから、いろいろわかってきましたから、これからなのだと思います。mikoさんに感じる私の近いとか、似てるとか、好きという感情はどこから来ているのか、知りたいですね。私も武士だった時代があり、だから「祈らら」の祈りに突入したのだと思います。菩薩行のことを考えると涙が止まらなくなるし・・
どこかで繋がっていたら嬉しいな。
それこそ、それを引き出すのが私のお仕事の分野になりますが・・(笑)

はっちゃんさま☆
出会いの「意味」は常に必然的であると思うこの頃。無意味は出会いはひとつも無いように思います。後醍醐天皇の縁ですね、父方は藤原氏と関わりがある武士家の流れですから、繋がりを感じてなりません、そして内親王に深く関わっていると思っています。はっちゃんとの出会いの意味も考えて行きたいですね。。
雪の花さま☆
明治天皇にお仕えしていた家系ですか。南北朝時代の深く関わってきたのですね。明治天皇のすり変えに関して、色々と調べてみました。暗殺説も出ていますね、やはりこの時代色々とあったのでしょう・・。そして私も武士だったかもしれません・・。不思議ですね、雪の花さんや皆さんと話していると、なんだかとても懐かしく嬉しくなってきます。札幌はそろそろ雪がきれいな頃ですね、私は昔札幌に深く愛する人がいて、何度か足を運びましたので、ちょっと懐かしい・・(笑)

☆雪の花さま
なんということでしょう、雪の花さんのサイト、下の方にメニューが隠れているではありませんか!!。私のパソコン解像度がでかくて見えませんでしたよ!。『スクロールバー』は付かないんですかーー!!。私と同じ状態になっている人がいるかもしれませんよ~、、
リンクしなきゃ、ずっと工事中だと思っていました^_^;
☆有華さま
たぶん後醍醐さまを通して、直接会ったことがあるんだと感じますぅ。
そう考えるとある程度人物が絞られてくるのですが・・。
でも私の探偵ごっこはあまり当てにはならず・・、どうなんでしょう。。

はっちゃんさま
教えてくださってありがとう。今直しました。今度は見えるかな?
私もリンクさせてくださいねー

chacraです。
後醍醐天皇&楠木正成ネタときいて、いてもたってもいられずに出てきました。
実は私の家系は後醍醐天皇についていって、南朝のほうにいった貴族だとか。でも、北朝がメインになって貴族から外されたと聞きました。
どうやら桓武天皇(天智系)の代からだったとのこと。
そして、楠木正成が鎮座ましている湊川神社は私の地元です!(ちょっと離れた公園には石像もあるし。)
ということで、自慢になっちゃいました。
それでは。

あ、ここにもいらしたんですね、アセンションキーワードを使われる方。
しかも後醍醐ファミリーじゃないですか。
『ご縁』がありますよね。
ご一緒に探求してまいりましょう。
のちほどリンクさせていただきます。
プロフィール

シュバン

Author:シュバン
ミクシィで『ひふみ神示』コミュの管理人をしています。人間に見えるけど、猫です。

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