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2004-12-18

大宝八幡宮

大宝八幡宮拝殿 さて、前回の記事で後醍醐さまの話題を出したら、思わぬ反響を呼んでしまいまして、コメント数が過去最高に達しました。コメントを下さった方々、大変ありがとうございます。スクロールするのも大変になってきたので次の記事を書いて繋げることにいたします。  写真は茨城県下妻市に鎮座まします『大宝八幡宮』です。この神社古いんですね。創祀が大宝元年(701)、藤原時忠によって筑紫の宇佐神宮を勧請したものとありまして、関東最古の八幡宮ということです。この神社を含め、周辺に『大宝城』というお城があったのですが、そのお城が実は、前回も話題に出ました『南朝』に関係あるお城だったのです。 
 この大宝城の歴史をちょっと書いてみましょうか。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 大宝城は1232年に下野の小山氏一族の下妻長政が城を築いてから、代々下妻氏の居城でした。4代目の政泰は小田城の小田治久、関城の関宗祐、伊佐城の伊達行朝、志築城の益戸国行、駒城の中御門実寛、真壁城の真壁幹重らと共に常陸における南朝方の中心勢力として、小田城に拠る興良親王や北畠親房、春日顕国らを守っていた。1341年に小田城が解放された後は、興良親王や春日顕国を迎え入れ、足利方の高師冬の大軍を迎え撃った。大宝城の北方1km程の所には南北に細長い大宝沼を挟んで関城が有り、船で互いに連絡を取り合いながら2年あまりに渡り攻防戦を繰り広げたが、ついに力つき、城は落城、政泰は自刀して果てた。この時に大宝城を脱出した春日顕国は兵を集め1344年に再び大宝城を奪い返したものの、すぐに捕らえられ斬殺された。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 吉野朝の頃のお話で、ここがかなりの激戦地になったことが偲ばれますが、なた何か感じられる方、あるいは後醍醐様関連の話題を続けてくださる方は、コメントを頂きたいと思います。ちなみにこのころには新田義貞は殉死していました。  どうして私がこの大宝八幡宮に行ったかと申しますとね、この北の関城町に父の墓があるからなんですね。11日に一周忌がありまして、千妙寺の別院・積善院(しゃくぜんいん)に行ってきたのです。その前にご挨拶として立ち寄るのが、私の習慣となってまいりました。私の父方のご先祖様は、多賀谷城(今の下妻市役所)の城主・多賀谷氏の家臣だったと、生前の父に聞いたことがあります。多賀谷氏が佐竹氏と共に関ヶ原で西軍についたために、多賀谷氏の衰退と共に、江戸時代に名を隠し、百姓として下妻・関城の地に暮らしていたのだそうです。明治維新後の大政奉還のとき、苗字復活で祝杯を挙げたそうな・・・。  さて、私は10日に仕事中小御門神社に参拝し、11日に父の一周忌、そして12日に前回のブログ記事をアップしていたのですが、その間、仕事上でとんでもないミスを犯していることに、全然気が付きませんでした。そのミスが発覚したのが、皆さんのコメントが盛り上がり始めた14日の火曜日、お客さんの指摘で10日の金曜日の配送において、2箇所のお店で商品の誤配をしていたことが発覚したのであります。そのことでお客さんはもちろん、当社とメーカーを巻き込む大問題に発展してしまいました。  これね、ご迷惑をおかけした方々には大変申し訳ないのですが、私自身にとっては『カルマな感じ』なんですね。小御門神社に参拝していたときには、すでにミスを犯していたということなんですが、これが神社参拝と関係があるんですね。どう関係があるかと申しますと、その後に表面化してきました新田義貞の後醍醐天皇に対する感情ですね、これがすこぶるよくないものなのですが、この感情を私が潜在意識の中にしまいこんでいたものですからね、たびたび仕事上や人間関係でトラブルを引き起こしていたりして、自分で自分を窮地に陥れているということを、今回勇気を持って内観することに成功したみたいなんです。コメントをくださった方々、本当にありがとうございます。  べつに私は過去世が歴史上の人物だったなんて自慢する気も、それを利用してどうのという気もないのですが、人生で起こってくる様々な問題ですね、この問題の根っこを探ってみますと、どうしても過去世やご先祖様から来る『自己観貧乏』ですね、「私は見捨てられたんだ」とか、「どうせ失敗するんだ」とか、「虫けらみたいに価値の無い人間なんだ」とか、そのような思い(念い)に突き当たるのです。そのような時空を超えた『過去』から来る思いが表面化した場合、必ず現実の状況とは全然つじつまが合わない事件や、感情の爆発を引き起こすんですね。これで困っている人や、心労している周囲の人ってたくさんいると思うんですが、この問題を解決するには、ヒプノでやっている過去世セラピーや、祈ららでのカルマ浄化、あるいは有華様がおっしゃった『縁地の浄化』ということが必要になってくるのであります。現代では「こうしなければならない」という制約がどんどん外れてきているとともに、この時空を超えた過去から来る問題が、どんどん表面化してきているということなんですね。だからセラピーやカウンセリングが必要になってくるのです。  さて、それではその『時空を越えた過去』から来る問題がクリアーになったあとには、どのような人間像が顕れて来るのでしょうか。そこまで提示できて本物、一流なんだともいますが、私が提唱している『自己愛』は、そのへんをターゲットにしているのであります。  営業の神様といわれている佐藤康行氏という方がいらっしゃるのですが、この方は過去から来る問題がクリアーになった後に顕現する『本当の自分』のことを、『真我』という言葉で表現されました。この真我が発揮されるとき、向かうところ敵なし、本来の神仏の子としての『愛』が活動しはじめ、営業成績も奇跡のように上がるのですと、ご自分の実際の体験に基づいた言葉で熱っぽく語られます。今回はその佐藤先生のお言葉で締めくくることにいたしましょうか。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 人間の心の構造は、三つの層によってできています。 その中で一番浅い層は、「知識・思考」といった頭で考える部分です。 その奥にあるのが、「遺伝子の記憶・トラウマ」です。 また宗教的には「業」とか「カルマ」と呼ばれることもあります。 これは先祖からの遺伝や、生まれてから現在に到るまでのさまざまな経験によって形作られた深層心理です。 そしてさらにその奥にあるのが「真我」であり、これが本来の自分の意識です。 この意識は愛そのもの、光そのものであり、すべてと調和された完璧な意識なのです。 この三つの層の意識を、営業の場面に置き換えるとこのようになります。 ~・~・~・~ ところが、私たちは通常、瞬時の判断をする時には、「遺伝子の記憶・トラウマ」を基準にしてしまいます。 と言うことは、この層にマイナス的な記憶がたくさん詰まっていると、判断もマイナス的な判断しか下せなくなってしまうのです。 例えば、過去に人から阻害された記憶を持っている人は、お客さんからちょっと否定的な言葉が出ただけで、瞬時に「またダメか…」と思ってしまい、すぐに諦めてしまうのです。 つまりは、この「遺伝子の記憶」を健全な記憶に変えていかない限り、断られグセが治らないのです。 その「遺伝子の記憶」を劇的に変えることができるのが、一番奥にある「真我」の記憶を呼び覚ますことです。 「真我」は愛そのものだから、誰をも愛すことができ、断られるという概念も消えてしまうのです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー インターネット営業セミナー 第19回「断りを突破する究極の秘法」より抜粋。
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今回も一番乗りのような…。
こんばんは。おからです。
一体何のご縁でしょうね。私は自分の事ながら、過去世の事は
何も知らないので、南朝方か北朝方かもわからないのですよ。
どちらにしても皆様に親切にしてもらっているのでいいけど。
今回の登場した場所で唯一行ったことがあるのは宇佐神宮です。
やたら広い神社だった気がします。時期がお参りシーズンではなかったので、
人気はあまりなく、参道のお店も休みが多かったです。
次に行くときは一人でゆっくり行きたいです。
また、皆様の書き込みに注目です。

おお、九州担当・おからちゃん。
マガジンを発行しているわけでもないのに、絶妙なタイミングで来ますね。
九州で起こった南北朝関連のこと、調べてアップしてみませんか?
あんまり具合が悪くならない程度に。
頼みましたよ・・・って誰かが言っているような。。

誰かって誰でしょう。
こんばんは。おからです。
絶妙すぎて、笑うしかありません。
どうやって調べればいいんだろうという
基本的なことは置いといて、「かしこまりました」
とこれまた誰かが言ったような気がします。
さっさとは出来ないので、ぼちぼちさせていただきます。

「誰かひとりに絞るとブログの記事にもなりやすいし、
 読者の人も読みやすいのでは?」
と、また誰かが言っています。
菊池氏関係で面白そうな人はいませんか?

おはようございます。おからです。
実は菊池氏で誰かいないかなぁと考えていました。
確か後醍醐天皇の子が誰か来たんだよねとか。
何も知らないので、調べるのはこれからです。
はっちゃん、誰かさん、ありがとうございます。

えーと、懐良親王(かねよししんのう)だね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%87%90%E8%89%AF%E8%A6%AA%E7%8E%8B
この人面白いかも。

北海道担当 雪の花です。千葉にはたくさんの史実があるんですね。カルマだしていますね、はっちゃん^^。さて、ヒプノを生業としている私としましては、はっちゃんのいうところの状態がよ~~~くわかるんですね。
私のところにいらっしゃるクライアントさんの中にも確かに心の傷が現在の状況を益々悪くしている方たちはいるのですが、それが前世から持ち越している方も沢山いらっしゃいます。いうなればそこを癒すことで、劇的に人生が変われると思うのです。
本当に人は様々な心の傷を抱えているものです。私の娘は「失敗したらどうしよう」というテーマに悩んでいて、現在楽しくやれるはずの音楽の活動も楽しくない、ともするとやめたいという心を閉じてしまっているんですね。武将時代のトラウマから離れられないのです。
悟る・・確かに私も自分を愛することに気がついて初めて悟れましたから、絶対に必要なことといえますね。これがはっちゃんの言う「自己愛」なんですよね。沢山の人に自分探しして愛すべき所を見つけ私って意外といいじゃん!なんて思ってくれたら最高です。

続きです。25日に地元の精神世界系の紹介小冊子に載ることになっています。これで、本当に沢山の方々の「自分探し」「自己愛」に目覚めて欲しいと思っています。電話でもヒプノできますから、皆さん言ってくださいね。
愛すべき魂たちを沢山助けてあげたいな、なるほどだからこれは私のお仕事なんですね。^^

こんにちは。私自身は歴史に全く知識がないのでなんともコメントしにくいのですが、八幡宮系や応神天皇には。私もご縁があるようです。宇佐はまだ行ったことがありませんが、いずれ行きたいなぁと。
というか、私も浄化が始まってしまいましたが、次元と世界がいきなり遠~いところへ飛んでしまいました…。

続きと本文が逆になってしまいました。
失礼しました

あれ、投稿時間を入れ替えても、順番が入れ替わらないですねぇ、致し方なし・・。
さすがなコメントありがとうございます。
『傷』って言いますと、やっぱり『恐怖』がその根っこにありますかね。
超えたつもりでいても、なかなか根深いものがありますよね。
でも考えようによっては、課題が次から次へ出てきておもしろいです。
そうやって出会いが深まっていくし・・・。
雪の花さまの願い、ひしひしと伝わってきますよ~、ありがとうございます。
☆mikoさま
遠いところって、、どこ??
お~~いいい! ○×星とか??

あ、リラ星じゃないですか?
今の地球でのカルマの相克は、元をたどればリラ星なんだって、フランシスコさんがおっしゃってますよね。
『リラの願い』っていうのも感じて見たいです。チャネリングしてみて・・・。

はっちゃん!駄目、シンクロすぎ・・。宇佐神宮まで出てきてしまいましたね・・。実は私、神功皇后との深いご縁を感じてしまったのです。もしかしたら宗像三女よりも深いかもしれない・・。
後醍醐天皇絡みで日曜日船上山へ行こうと思いましたが、途中の神社で二つ神事を急遽行なう事となり、足止め?を食らいました。やはり船上山は多くの武士の念が落ちている地、一人では危険すぎるかもしれないと思っていました。ある方に伺いましたら、やはり相当たる武士の念が眠っているとこの事です・・。
それで足止めを食らったのは、逢坂八幡神社という所で、後醍醐天皇と名和長年が出会った地である為にこの「逢坂」という名がついた場所です。また八幡神社の中でも非常に古いもので1300年以上の歴史があるようです。宇佐神宮からの勧請で建てられたもの、、そこで神事を、何故今に、、とても偶然とは思えなくて、、宇佐神宮の事を考えていた時に、はっちゃんとシンクロ。どうしよう・・この流れ止まりませんね。
ところではっちゃんとのご縁ですね、色々と考えています。確かに実際にお会いしているように感じますね。。ううむ。。

有華さん  
コメントみていたらもやもやするんです。なんだろう・・・
船上山・・だめだドキドキしてきた。
岩手、出雲の件もナガスネヒコとか沢山のもやもやがでてきました。
前述の明治天皇に仕えていた曽祖父は岩手の花巻藩の家老でした。
従兄弟は平泉という名ですし。
岩手、なんかある!!

雪の花さん☆
出雲と岩手は繋がっていますよ。これは私自身以前から感じていた事でもありますし、歴史でも深いつながりがあります。私も勉強中なのであまり詳しくないのですが・・。
出雲と東北は蝦夷繋がりのようです。蝦夷とは日本先住民の事で、渡来人勢力の大和朝廷に破れ東北へと移住しているようです。いわゆる天津神と呼ばれるのは九州に降りてきた渡来人の勢力であり、国津神とは出雲を中心とした日本先住民の勢力かもしれません。今話題の聖徳太子や大国主命にも関わってくる話題ですね。
出雲の神が祟るという説はある程度本当だったかもしれません。だからこそ天神系の大和朝廷は出雲の神々を出雲大社に巨大に奉ったのかもしれません・・。ちょっとうろ覚えの内容なので、正確な事ではないかもしれませんが、上記のような事も出雲と東北とのつながりに大きく関係しているのかもしれません。

今気がついたのですが、出雲弁と東北弁が似ているのもそのせいかもしれない!私の中ではすごい発見(笑)

出雲と岩手にドキドキされていますか、うむむ・・・。
私は「駄目!」と言われたことにドキドキしています。なんのこっちゃ。
1300年以上の歴史があり、南朝に関わりのある八幡神社でシンクロいたしましたか。それまたウガヤさまでシンクロしたとき以来のすごいシンクロのような気がいたします。
船上山に行く前に、八幡社で足止めを食らったんですね・・・。
神功皇后が「体力を付けてからよ~。」って言ってませんでしたか?
うちの先生、そんな感じなんですぅ。
八幡神は、『秦一族』がもたらした渡来神だという説があり、表向きの神様じゃないかも知れないという話があるのですが、聞いたことはありますかぁ?
そして、それがどう後醍醐様と関係があるのか・・・。うむむ。。。

あ、あった・・ニッポン民俗学??
http://www.kcn.ne.jp/~tkia/mjf/mjf-51.html
『宇佐八幡神は新羅の神だった』

こんばんは。またコメント数が多くなっていますね。すごいなぁ~。
リラ星って、ちょっとネットで検索してみましたが、チンプンカンプン…☆(ひとりでチャネリングしてみたら宇宙語が出たりしてアブナイかもしれません…。)
「秦一族」、私は知識はないですが、関係がありそうな感じがするのです。と、有華さんにも言っていたのですが。
今住んでいるところの氏神様もやっぱり八幡で、応神天皇でした(ちゃんと確認してきました)。神功皇后も一緒です。
ところで、出雲ツアーは、逢坂八幡神社もメニューに入れた方がいいのでしょうか…?
あと、全然関係ないかもしれないのですが、後櫻町天皇のことをどなたかご存知ないですか?何か気になるのです。石清水八幡宮に関係ある方なのですが。
(でも色んな人が出過ぎて混乱するかもしれないので、無視して頂いても結構です)

はっちゃん☆
すごいサイトですね。非常に詳しく説明してありますね、有り難い☆
私の母の実家は熊本です。しかし祖父母は元々福岡県の人で、渡来人の家系だと聞きました。また私の出生した倉敷市、そして今住んでいる大山周辺も渡来人が活発に活動していた地でした。私はどう考えても渡来人、いわゆる新羅との関わりが深いのです。
船上山ははっちゃんの言われるように、私にはまだ手に負えない場所かもしれません。船上山合戦には私自身関わっていたように思うので余計に危険な場所であるように思います。体力付けなければ・・笑
ウガヤさまといい、八幡神といい、何だか不思議ですね、源氏との関わりも含め、キーワードが並んでいますが、後醍醐天皇との関係ですね・・
あ、源氏では?そう、私の父は藤原氏の流れ。いわゆる源氏系、源氏と九州・・あった。ここ↓
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Kaede/4322/

mikoさま
リラ星ですか、私も故郷と感じています。オリオン以前の話ですけど・・。
ツアーの件ですね、逢坂八幡神社は余裕があればという程度でいいかと思いますが、、しかしちょっと大掛かりになりそうです、パワースポット巡りという程度であるなら、名和神社で留めておいた方が良さそうな気がします。名和神社だけでも大変かもしれません・・^^; 名和長年の子孫の方はいらしゃるのでしょうか?

☆リラ星について
カルマの発生起源1・2・3byフランシスコ・ガブリエル
http://blog.livedoor.jp/fransisco/archives/10329491.html
http://blog.livedoor.jp/fransisco/archives/10403454.html
http://blog.livedoor.jp/fransisco/archives/10454743.html
リラ→ベガ→プレアデス&オリオン→テラ(地球)という流れらしい。
『真理』と『愛』の相克・・・
『進化』と『調和』の原理・・・
地球創生計画とは・・・

☆有華さま
『倭国』というのがあったのですね・・・。
あっ!!、倭国のなかに『常陸』が入ってる!!
これだ!!、、大宝八幡宮の起源は・・・。
ということは、藤原時忠も匂いますね、、秦一族系。
それに北畠親房は元々源氏姓・・・。北の秦一族・・・。
後醍醐天皇は『秦王国』の復興をしようとしていたのかもしれない!!!!!。
南無八幡台菩薩
♪とーほぉーかーみー
♪えーひぃーたーめー~
八幡のマントラです。誰か意味わかるひと~~!??

秦の始皇帝は、不老長寿の薬と引き換えに、自分の家臣たちを日本に渡来させることを許可させたと言う・・・byゲリー・ボーネル

こんばんは。盛り上がっていますね~
乱入させてください。おからです。
出雲と東北の言葉が似ているというと
松本清張の「砂の器」みたいです。
あれはずーずー弁を使うから東北を探して
いたら、実は島根の一部でずーずー弁を使う
という話でしたよね。確か。
出てきた言葉は「亀嵩」だったような…
これまで何で島根と東北で言葉が似ているの?
と不思議でしたが、ここで解決!やったぁ
秦氏といえば、聖徳太子に力を貸した一族。
勢力範囲は太秦・広隆寺あたりとか?
広隆寺も聖徳太子ゆかりのお寺ですね。
あそこの弥勒様も好き~
八幡様はうちの鎮守様も八幡様です。ですが、
その本社は福岡版八幡宮状態…
一体何を握っているのだ?九州…
しかも有華様紹介のサイトを見たら、
あの観世音寺がぁ~、都府楼跡がぁ~と
太宰府市民は驚いております。
(後でゆっくり読んでみます。)
ついでに「源氏物語」には学生時代に大変お世話に
なりました。
何だかわかりませんが、私も無縁ではないようです。一体どんなご縁があるのでしょう…

おっ!!おからちゃん!
まさにそこに住んでるんじゃん!
掘れ!探せ~!チャンネルを合わせて、思い出せ~!
なんちゃって。。。

皆様こんにちは。
なんだかもう入り組んでますね(笑)
ご紹介頂いているところはゆっくりまわってみます。
もうじき出雲ツアー募集かけます。
後醍醐様も名和さんもいらっしゃいます。
なので逢坂に行った方がいいのかなぁと思って…。でもまだ二人ともちょっと目覚めてないようなので、やっぱり別の機会がいいかもしれません。
あ~宇宙の前世も地球の前世も、みんな繋がっているみたいですね~。ドキドキ。
何か分かりませんが、たて続けに人から1月4日だったかに放送の「大化の改新」のドラマをやるから見るように言われています。なぜ?!

こんにちは。おからです。
「大化の改新」を薦められる理由はおもしろそうだからです。(キッパリ)
ごめんなさい。私はこんな奴です。
でも、何か隠された理由がありそうですね。miko様にとって、重要なわけがあるのかも。
過去世の一つとか…
平安以前大好き人間は注目しています!というわけで皆様見てくださーい!

放送は総合テレビで1月3日だそうです。
大化の改新って聖徳太子の後の時代なんですね。
一緒かと思っていました。
氏族制から天皇制へ、土地の天皇帰属とそようちょう。
律令がはっきり決まるのは、大宝元年(701)の大宝律令からだそうです。
大宝八幡宮ができた年です。
このサイトではそういう風に繋がります。
えーと、mikoさんには・・・、あ、大阪で繋がりますかね。
飛鳥から大阪へ都が移されたとか戻ったとかしています。

あっ!、尊氏が南朝に降伏したことがあったんじゃん!
知らなかった・・・。ひとりごとです。

こんにちは。おからです。
やっと本を借りてきました。何を書くか、誰にするかは決めていませんが、頑張って読もうと思います。
(実は鎌倉以後は苦手であまり知らないんです)
久しぶりの図書館で楽しくて、16冊も借りて、持ち帰りの腕が痛かったこと。しかも帰りに買い物しました。
名和長年の本もあったので借りました♪
(富長源十郎著「獅子の弓 名和長年」叢文社 奥付を見たら、作者の方は鳥取の方でした)
一体何を書くか自分で楽しみです。

おからちゃん、力持ちだね。やっぱりサムライだったの?
何を書かれるのか、楽しみですぅ。

ついに昨日名和神社へと行って参りました。少し怖かったけど、偶然にも目の前に現れ、通り過ぎる訳にはいきませんでした。名和長年公にお会いしました。名和神社に八角形に張り巡らされていた紐がするすると解けました。ついに浄化の時訪れたようです。これから何度も足を運んで神事を続けたいと思います。傷跡は相当に深い・・・。
名和神社で南朝関係十五神社巡拝案内記という本を買いました。ひとつひとつを巡り歩きたいと思いました。後醍醐天皇とのご縁を更に深く痛感した昨日でした。
はっちゃんはやはり新田公に近いですね。感じました。それにしても・・小御門神社が呼んでいます。来年は訪れなければならないようです。
プロフィール

シュバン

Author:シュバン
ミクシィで『ひふみ神示』コミュの管理人をしています。人間に見えるけど、猫です。

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