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2005-02-13

前世の忘れもの

 はい、はっちゃんです。  自己探求の流れでね、神社とか歴史の話しをしておりますが、歴史上の人物が断片的にバラバラと出てまいりました。その中ではっちゃんのカルマが関係あるのが4人。この4人ね、最初は繋がりがどうなっているのかわからなかったのですが、並べて比較してみたら、すごい面白いことがわかりました。それは『転生のメカニズム』と言ってもよいでしょう。この話しはまだ誰からも聞いたことがないので、ここで中間報告としてお話ししておきましょうか。

 まずこの表をご覧ください。時系列順に並べました歴史上の人物4人、平将門・千葉常胤・新田義貞・光秀@天海。近々お話しをしておりますように、平将門と千葉常胤の繋がりはご理解いただいておりますね。全然キャラクターが違うと言いましょうか、むしろ鏡に映したように正反対な二人なのですが、この二人が共同でひとつの仕事をしているんです。陰・陽で言いますと、陽のキャラクターの将門が投げかけたコンセプトを、陰のキャラクターの常胤が完成させるということになっております。その際、陰の常胤は、陽の人が残していった忘れ物を拾っているんですね。これ大事です。その忘れ物とは、『相馬御厨』のことなんであります。ここで将門は黄金郷・ユートピアを創っていて、ある程度成功していたのですが、なんだか知らないけど目の仇にされて潰されてしまいました。この将門の思いを良文流平氏が大事にしていて、七代下ったあたりの常胤が、忘れ物を拾って『鎌倉幕府』として完成させるわけです。その際、陽のキャラクターの頼朝政子はとても重要な存在になっています。  このように、陰・陽のキャラクター、一見全然違う人物と思える存在が、ひとつの目的意識のために働いているんですね。これ霊的な次元で言うと、同じ意識から出てきているということにならないでしょうか。つまり『同一人物』なのです。これが事実だとすると、すごい神秘感を感じませんか?  さらに新田義貞のお話しをしましょう。この人ね、ひとことで言いますと『ターミネーター』なんです。『終わらせる人』です。何をって鎌倉幕府をです。この人ね、私の中では千葉常胤と繋がっているので、「作った人が壊す」っていう自己責任の法則が働いているんですね。上記のように同一人物だとしますと、「自分が作ったから自分で壊すんだ」という一つの意識としての働きを感じられるんですね。でも千葉常胤と新田義貞が同一人物だなんて考える人いませんよね(^_^;)。見た目では全然違うキャラですから。でもその違い方に法則があるんですね。それが『映し鏡』です。常胤は坂東平家の棟梁です。義貞は義家流源氏の片方の棟梁です。常胤が長生きで冷静沈着参謀、陰タイプなのに対し、義貞は短命・激情大将、陽タイプです。あまりにも正反対過ぎるんですね。だから繋がっているのです、カルマバランスを取るという意味で、同一人物なのです。  さて、この新田義貞公は壊すだけではなかったのです。次の時代に種を蒔いてあったんですね。それが『阿弥陀仏信仰』でした。一般的に義貞は、明治時代にたて祀られたので、『忠皇の英雄』というイメージばかりが先行しているのですが、実は当時の新興宗教であった『時宗』、一遍上人が興した踊り念仏の熱心な信者でした。私の中ではこの方が強いんですね。後醍醐天皇に対しては「裏切られた」という思いばかりが強くて、それほど信仰心っていうのを感じません。むしろ阿弥陀如来的極楽浄土なんですが、それを理想に持っていたという感覚が強いんです。その理想で幕府を作りたかったのですが、天皇は理解してくれないし、尊氏ほど現実処理能力に長けていないしということで、金ヶ崎城に無念を残し、越前で散っていったのでありました。  その義貞の思いを拾って、とてつもない苦労をしながら大輪の花を咲かせたのが、実は明智光秀@天海なんですね。私はね、本当にビックリしたんですよ。テレビドラマ『国盗り物語』で光秀が金ヶ崎城で足利義昭体制を、すごい苦労をして作ったのを見て・・。義貞はこの金ヶ崎にすさまじいトラウマを残しているんですね。わたしそれを開放するのにスッタモンダしたのですが、テレビのシーンを見て、 「あっ!、繋がってる!」って直感しました。義貞の次に繋がってるという意味です。でも光秀はそのまんますんなりとは、阿弥陀浄土を実現することができませんでした。あまりにも理想が高すぎるんですね。一旦幕府や宗教体制・旧文化を壊して、さらに地ならしする人を待って、それからじゃないと実現できない夢でした。壊し屋が信長で、地ならしが秀吉です。そして家康は、光秀を『謀反人』として排斥した秀吉一族を排斥するときに際し、6万回も南無阿弥陀仏を唱えるんですね。義貞の夢、阿弥陀浄土の実現を念じながら・・。家康は新田流源氏を詐称しました。しかしこれはウソであっても意味があったと感じます。義貞の夢を実現するという意味で、『天海』のこだわりがあったのだと私は観ています。そしてついに武器を捨てる平和な世が・・。  義貞って鎌倉幕府を潰したあとは、実はあんまり冴えないんですね。尊氏との戦いで負けてばかり。挙句の果てに楠木正成を死なせたのは義貞の責任だとか後世言われちゃうんですが、それもこれも本当は平和主義者で戦いたくなかったからではないのでしょうか。阿弥陀浄土が夢だとすると、その冴えない感じも理解できるのであります・・・。  さて、いかがでありましたでしょうか。  この四人が同一人物なのだ、という神秘感を味わっていただけたでしょうか。  ここまでお話しすると、次が予測できるんですね。つまり光秀@天海が創った江戸幕府の次です。次の人生は、自己責任の法則から、江戸幕府を終わらせる人になるはずです。そして映し鏡の法則から、正反対のキャラクターになるはずです。短命で陽気な幕末の志士・・・新しいコンセプトを現代にまでその余韻を残せる人・・・、みなさん想像を膨らませてみてください。そしてその夢が現在進行形で形になろうとしているということに・・・思いっきりワクワクしてみてください!  「日本の夜明けは近いぜよ~ ^ ^ 」 (遠いまなざし・・・) <あとがき> なんだかすごいですよね、この魂群・・。 この人たちをよくよく観察してみますとね、ひとつの透徹した意思を感じ取ることができます。 それは「この日の本の国を、よき国にせん!」 とする、とてつもなく深い『愛』に満ちた心です。 一体それはどこからくるのでしょうか・・。 光秀公の次を予測できるようにですね、将門公の前も推察できるんですよ。 その方は映し鏡として考えますと、 『乱』の将門に対して『和』の・・・・ 「私は神である」と宣言した大将・将門に対して、 仏教の興隆に心血を注いだ摂政・・・・ 歴史を創っているのはもしかして・・・うーん。。
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役行者

【役行者像:吉水神社】葛城と吉野の関係を考える上で、欠かせない人物と言えば役行者。葛城山の麓で生まれたとされ、13歳から17歳までの間葛城山(当時は金剛山と葛城山は区別なく葛城山と呼ばれていた)で修行した後、金剛山の峰に法起菩薩の浄土を開き開山。後に金

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いつも勉強させてもらってま~す。と言うか、歴史オンチなので歴史辞典片手に勉強しようと思ってま~す^^;
ところで、2/14のproject GAIAさんの記事で、「後醍醐天皇の皇子、護良親王とシンクロした魂」のコメント、ご覧になられましたか?はっちゃんさんからのコメントかとびっくりしたのですが、良かったらはっちゃんさんの見解も教えて下さい。

うーん、平成2年に亡くなられたその人のことはよく知らないな。
護良親王もやっぱり後醍醐天皇と反目したんだね。
私の中にも妙な反発心があるんですよ・・・。
新田義貞も後醍醐天皇に従いながら、ずうっと苦悩していたようなところがありますから・・。
なんだか悲しみとトラウマだらけなんですよね、義貞は。
でも霊的なレベルで建国記念日に新しい世界機構体制ができたとおっしゃっていますね。
これはたぶん霊的な人格で『如来格』のひとが世界の頂点に立ち、『徳』でもって人々を治めていくということになるんじゃないかと直感するのですが、12日と13日には、その如来界からのエネルギーをたくさん感じていました。
おじちゃねさんの通信にもありましたね。
「目覚めよ、目覚めよ」
あれ私も聞えていたんですよ・・。
『如来徳治』の世界が来るのだと、私は認識しています。

はっちゃん、有華は吉野に行ってから
楠木公が気になります。
近い内に港川神社へ参ります。
そう言えば、下照姫に会いに高鴨神社へ参りましたが、
神紋は菊水紋でした。菊水紋は楠木家の独占紋ですよね。
ちょっとびっくりしてしまいました。
高鴨神社は、賀茂氏が京都へ移った後、
楠木家が代々守ってきたそうです。
後醍醐天皇ってどこまでも、国津神に通じるのですね。
義貞様、トラウマだらけですか?
わかります、何だか胸がヒシヒシと・・。
私もトラウマだらけです。
でもがんばって全て昇華するんだー!
これからもカルマが次々と出てくると思うけど、
ひとつひとつ乗り越えて行こうね。
建国記念日、橿原神宮へ参りました。
とても苦しかった。わかってくれるよね。
だけどこの日に訪れなければならなかった意味を思えば、
とても喜ばしい事。
少しずつ、光輝いてきているね。
これからが、とても楽しみです。。

☆有華にゃんこさま
うん、楠公には借りがあるんじゃないかと、この記事を書いて考えていました。湊川行ってきてね。激戦のあと・・はぁ・・イテテ、頼みますぅ・・。
義貞にゃんこはたくさん傷ついているけどね、後世に大輪の花が咲くようなものを残していたんだね。かっこいいなぁ・・、初めてわかりましたよ、義貞の本当のかっこよさが・・。だからね、もうつらいことばかりじゃなかったんだって思える。そういう配役だから。それが今まで理解できなくて、とてもつらかった・・。
有華さんとはトラウマまでシンクロしているのかもしれませんね。今神様はひとつひとつブロックを壊していくテーマをくれているみたいだよね。うん、一緒に乗り越えよう・・。
橿原神宮は大変でしたね。天孫出雲の相克エネルギーって、私が感じるのは本当に『大嵐』です。それに立ち向かったんですね。強いですねぇ。
賀茂忠行・保憲は、安倍晴明の師匠なんですよね。先祖が役行者です。陰陽道は菅原道真の子供からの伝授だと思いました。楠公もその手の能力があったとも考えられますね。なにしろ金神系は能力がある人が多いですから。その復活もフランシスコさんがおっしゃっています。

ありがとうございます。
神々の歴史も日本の歴史も今も昔も…
終わるんですね…終わらせるのですね…
みんなひとつに向かうのですね…
今日頂いた「般若の智恵」も…
みんなすごい!!!!
私は、たぶん奥深くでわかっているのに
今、どう活かしていいのかまだ答えが見つかっていません。
でも、みなさんのブログで自分の道を模索中ではありますが、とても勇気を頂いていることに本当感謝してます。
はっちゃん様のこの場を借りて、「皆様、ありがとうございます?」

わ、最後の?はハートマークだったんです(汗)
私のパソコンmacでごめんなさい!

☆SUわんこさま
 うん。歴史そのものが終わるんじゃなくて、歴史の中に篭っている苦悩の『自己観貧乏』と相克のエネルギーが終わるんだと思います。暗く重たいどんよりとしたものが、うるうるの涙色に輝き、すべてが昇華されるのです。そしてその過去が創ってきた『未来』も虹色に輝くと言うことですね。
 イメージしてみてくださ~い。
 わくわくしますか~??
 わくわくする方に行けばいいみたいですよ~。
 最近ほかの人のサイトに行っていないので、そちらの情報もありましたら教えてくださ~い。
 ありがとうございますぅ。

Project GAIAさん、明治維新… きてます、きてます。
とても参考になります・・・
はっちゃん様、愛あふれるコメントをいつもありがとう☆
すべての相克のエネルギーを昇華させられますように……。健やかな未来がおとずれますように……。
引き続き「転生のメカニズム」楽しみにしていますm(・o・)mワン

☆SUわんこさま
あ、いい祈りですね、祈る素質があるんじゃないでしょうか。
フランシスコさんが『南北朝』とおっしゃっているのは、私には『天孫・出雲の相克』のことではないかと感じます。将門と貞盛が対立する原因になったエネルギーです。それは神代の時代から来ているもの・・。
本当にみんなSUさんのように祈って欲しいです。
将門と貞盛の和解が、日本のみならず全世界の命運を握っているような気がいたします。
やっぱり祈りましょう、とことん祈りましょう。。

確かに
Project GAIAさん、明治維新…
一つ一つが明らかになりつつある現在。
http://www.kitombo.com/mikami/0701.html

http://blog.goo.ne.jp/seigo_goo/e/825553d8b955417bfbe819678fcd360f
も僕には参考になった。
源平の統合…。
喫緊の課題。

このごろ少し明治維新とかに興味が出てきました。
あんまり、天皇とか言われても・・・ピンと来ないんです。だから何?そんなに重要かなぁ?目立った能力を持っていると言う風には感じないし。
はっきり言うとなぜ、日本の人々(今は自分もですが)がなぜ歴史を通して天皇を守ってきたのか?
不思議です。
まぁ、もうすぐ何か大きな事が、いい変化がくるように感じますから、それから考えてもいいかな。

☆マコトさま
こんばんわ、ようこそです。
あの~、キャラクター相関表にも書きましたが、私の中では源平はあんまり対立していないような気がします。時系列的に平家から源氏へ、カルマバランスを取るように移っているのです。
それでもライバル的な存在として、常に相克しているエネルギーがあります。その存在と交代で歴史を担っている感じがあります。その相克が神代の時代とか、曾我・物部の時代とかから連綿と続いていて、カルマ的なエネルギーとして溜まっているのではないでしょうか。
猫が天皇の隠語だとは、面白いですね。
『裏天皇』っていうのもね。

☆虹の閃光さま
そうですね、私も天皇に霊的な実態があるとは感じていませんでした。
本当に『如来格』であるのならば、存在するだけで地球に大きな影響を与えているはずですが、そういう波動は感じませんよね。そういう存在は、本当にいても隠れているのでしょうか・・。
やっぱり裏天皇がいるのかなぁ。。

はっちゃんにゃん。ひさびさにTBさせて頂きました。
”史実は全て明らかにしてよろし。”
”眠る歴史を知り、二度と繰り返さぬようにすべし。”
どんどん明らかにして行きましょう。
そして祈りましょう、二度と繰り返されないように、
世界の雛形が日本であるなら、
これら対立への祈りは、世界平和に繋がるはず。
出雲や天皇家について、最近出回っている暴露本も、
偶然ではなく?
新しい国作りの始まりよ~☆
さぁ、みんな、動きだそ~♪

☆有華にゃんこさま
おお、、ついににゃんこ女神さまの号令が・・。
世界の雛型が日本だとすると、千葉県は朝鮮半島にあたるんですよね。
だから朝鮮の南北分断・相克の歴史を終わらせるのは、このはっちゃんさまの双肩にかかっています。
なんちって。。
国造りかぁ。。
どうしたらいいのかわからにゃいけど、ワクワクするにゃぁ。(=^ェ^=)

はっちゃんさん、はじめまして、hyperです。
有華さんから飛んできました。いままのでブログで、気になることがあります。ぼくは、ある人からかつて家康公に仕えていて、大変可愛がられていた人物だと言われたことがあります。自分なりに調べてみると新田義貞公に当たるような気がしてなりません。僕も過去では多くの人の命を奪っていたみたいです。その家康公のご縁で、先日は日光の東照宮、中禅寺湖の二荒山神社、立木観音、華厳の瀧等を参拝してきました。僕は未だ自分ではチャネリングが出来ない状態でして、参拝したことになにかあるのかなと思っているくらいでした。はっちゃんさんも新田義貞公とご縁のあるお方だと思いますので、今後とも末永くお付き合いさせてくださいませ。将門の件も気になります。

☆hyperさま
はじめまして~、こちらこそ宜しくお願いいたします。
家康公にかわいがられていたということですね。でしたら二代将軍とか、三代将軍だったということは考えられませんでしょうか。家康と義貞では時代が違うので、直接かかわっていたということはないのです。
ただ天海・家康コンビが強烈に義貞を意識していたので、家康を調べて義貞が出て来たのは、とても鋭い感覚ではないでしょうか。当然義貞の時代にも転生があったものと思われます。(魂の兄弟として)
今度どんな忘れものを拾っているのか、一緒に検証いたしましょう。

はっちゃんさん、こんちです。僕の過去生だったかも?というひとは、井伊直政かもしれません。勘違いでしたね。失礼いたしました。それで以前世良田の東照宮に行ったんですが、その時歴史をちょっと勉強したとき、新田一族から派生した徳川家だとありまして、この記憶が新田義貞になってしまったんじゃないかと思います。この新田家の家計図がどこかのサイトにあったので覗いてみたら、なんと新田義貞に辿りついてしまったんですね。これもエンでしょうか?これに懲りずにお付き合いくださいませ。最近、般若心経、観音経を覚え始めました。

☆hyperさま
井伊直政公ですかぁ、私にとっては新しい名前みたいですね。このタイミングで出てくるということは、「学べ」というサインのような気も・・。
名前からいたしますと『実務担当者』のような感じがいたしますね。鎌倉幕府に『大江広元』という朝廷の事情に詳しい実務担当者がいて、とても重要なポジションを占めていたのですが、もしかしたらシンクロしている魂かも・・。
よろしかったらどういう方なのか教えてください。
般若心経・観音経ですか。やっぱり供養にはいいんですよね。サムライをやっていた人には必需品のような・・。
念彼観音力!
私も覚えなくっちゃ・・。
次回『前世の忘れもの2』が日曜日発刊ですぅ。

早速お返事ありがとうございました。
実はこの方、家康公の四天王の一人です。関が原の戦いで致命傷を負ってしました。
やはり、過去生で武士やっていたらしい。
般若と観音経は、供養をしたいと思い、はじめました。妙に落ち着くんでよ。パワーが感じられてね。
そうそう、はっちゃんさんは、京都にはくわしいですか?実は僕、幕末の頃、四条にある仲源寺(メヤミ地蔵)で命を落としているそうです。その頃、この界隈で豪遊していた方らしいのですが、誰か思い当たる方がいましたら、教えていただけますか?
なんか、こんな質問が許されるのであれば、御願いしたいのですが・・・ホントにすいません。勝手ばかりで・・・すみません。

おお、四天王ですか、それはまた失礼いたしました。
それじゃぁ守護神様もそうかもしれませんね。
そうだとすると聖徳太子ともろに関係がありますかね。
全部の転生と関係があるのかも。そういう方は面白いですねぇ。
サムライは敵方の怨念と味方の悲しみの念を絶えず背負っていますから、やっぱりご自分なりの中和方法を、かなり長いあいだかけてやらなければならないかもしれません。お経も基本的な方法ですね。特定の相手に音楽をかけると言っている人もいますが・・。そういう方法も話し合いましょう。
京都はほとんどわからないですね、すいません。寺田屋と清水寺くらいしか知らない。と言いますか、お寺の名前とか聴いてもすぐ忘れちゃうんですよね、いっぱいありすぎて・・。暗殺された感じでしょうか・・。首とか痛くないでしょうか・・。

いろいろコメントありがとうございました。
ほんとにその通りだと思います。去年の9月から今年の1月の終わりの頃まで、足のくるぶしから下にかけてむくんでくてしまし、ある人に見てもらったら、それは霊がとりついているよ、なんて言われたこともありました。今ではすっかりよくなりましたが・・・不思議です。
 コメントの中で、もう一つ気になるキーワードは、聖徳太子でした。去年の暮れに奈良へ行く機会がありました。そのときは談山神社と東大寺へ行くように言われ、行ってきたんです。ここでは、藤原鎌足と大仏さまに参拝して来ました。そして、お金が貯まったら、四国の三十三観音めぐりに行くように言われました。これも何かの縁があるのかもしれません。
追伸、首じゃなくて、右鎖骨の辺りが子供のことから時々痛くなり、肩こりがひどいです。
では、長々書きましたが、ためになるお話いつもありがとうございます。

やっぱり聖徳太子になにか感じますか。太子と言えば法隆寺と四天王寺が大きく関係してきますね。それが九州の倭国(いこく)から移築されたものだと言う話しがありまして、その倭国が元は朝鮮経由の中国民族『秦一族』の王国だったらしいです。その関係もあると思うのですが、聖徳太子に仕えていた将軍ポジションの人が、『秦河勝(はたかわかつ)』という人なのです。この人私やたら気になるのですが、hyperさんは気にならないでしょうか。
四国観音めぐりですか。弘法大師とも関係がありますかね。それとも土佐藩の藩士でしたかね。それですと龍馬と海援隊を一緒に創って遊んでいたとか、あるいは一緒に脱藩した仲間だったとか、なんだか手前味噌でいろいろ想像を膨らませてしまうこともできますが、何か状況証拠らしきものが出てきましたら、教えてください。
うーん、面白いかも。 刀傷治してくださいね。
私は『首』が戻ってきてから仕事での失敗が極端に少なくなりました(^^ゞ
やっぱり過去を探求することは大切だと思いますぅ。。

いろいろお世話になりました。また、何か探ってみます。面白そうなことがありましたら、報告します。それまで、お身体大切に・・・・合掌
プロフィール

シュバン

Author:シュバン
ミクシィで『ひふみ神示』コミュの管理人をしています。人間に見えるけど、猫です。

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