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2005-11-30

神示道歌

 相変わらす秘密文書を読んでいるのですけれども、読んでいるうちに内容を整理したくなったのですね。火水伝文は、部分が全体に繋がっているような文章なので、「これいいよ」と思ってもなかなか切り取って引用したり、持ち歩いて反芻したりが難しいのです。そこで、はっちゃんの解釈で【和歌】という形式で翻訳してみましたので、ご紹介してみましょう。
 その和歌をミクシィコミュニティー【心の王国】に投稿いたしました。そのコミュの主催者【真示】さん(旧姓ジンガさん)との対話も含めまして、お読みください。 http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=2978906&comm_id=317149 ―――――――――――――――――――――――――――――――― ●はっちゃん:では初発の三歌。  <顕者の勤め>    我あるは 生かされあると 知りぬれば            マコト生くるが 顕者の勤めぞ  <交通安全>    事故あるは めぐる情けと 知りぬれば            マコト生くるが 無事故の基ぞ  <お陰の花>    心だに 保身とあやま知 手放せば            天のお陰の 花ぞ咲くらむ 皆さまもいかがでしょうか・・。神謝。。m(__)m ●はっちゃん:もうひとつできた。。  <我先心>    我先と 思う心が メグリ呼ぶ            譲り譲れば 浮かぶ瀬もあれ ○真示さん:  す、素晴らしい・・・! 歌は日本の心。 そういや、和歌の神様はヤマトタケルでしたね。 では私も、以前作ったものを一部あげてみます。  <悪の鏡>    世の悪が 映るは 我の内にある                      悪を映した 鏡と知れよ  <人の務め>        神の声 心に聞いて まっすぐに             歩むが人の 務めなりけり ●はっちゃん:  おお、「まっすぐに」とは、「竹の世となりたぞよ」という感じでございまするね。  ヤマトタケルは和歌の神様でしたか。火防とか泥棒除けの方ばかりに関心が行っていましたが。タケル君が詠みたがっているのでしょうか。  火水伝文は、部分が全体に繋がっているようなフミなので、部分的に引用したり、思い出して反芻するのが難しいと感じるのですよ。だから携帯用火水伝文みたいな感じで工夫してみたのですが、そうしますと和歌のかたちに自然となるみたいです。火水に限らず、いろいろやってみると面白いですよね。 そう言えば、昨日西郷どんも歌を詠んだような・・・。  <信の一義>   信無くば 積もるカルマの 雪だるま          信を立つるが 一義でごわすぞ!!  昨日、上記の【お陰の花】と一緒に、祈らら掲示板にカキコした、『おいどん』の歌です。解説が必要なので、カキコを引用いたします。ちなみに【カルマ】は火水用語で【メグリ】と同義。 ――――――――――――――――――――――  病気でも金銭でも人間関係でも、カルマ出し状態のときは、この世的に人知で動き回るとかえってドツボにはまるというのが、私の苦い経験です。どうしてそうなっちゃうのかということが最近見えてきたのです。その【動き回る】ということ自体が、カルマの発生原因だったりするからなのであります。そうやって溜まったカルマを解消するのに、【動く】のは逆効果で、神様のお望みとしては、【止まる】と言いますか、【止観】(信を立てる)というのが正し姿勢のような気がいたします。それで原因がなんとなく感じられたら【祈り】において懺悔に向かうのが流れでしょうか。【対処】のためにあせって祈ると、それも【動き回る】の部類に入ってしまうような・・。神様の真意を受け取るのは、結構難しいことだというのが最近の感慨なのです。 ―――――――――――――――――――――― ○真示さん:  おっ、西郷どんも詠まれたでごわすか。よかよか。  <メグリへの対処>      メグリには 詫びと 感謝を先にせよ                    とりつくろうは そのまた次ぞ メグリ(苦)が出てきたら(出会ったら)、 まず、天地の理法の何かに違反した証であるから、大神様に「お詫び」するのが第一。 次に、大難を小難にして頂き、お知らせして情けをかけて頂いたことに「感謝」。 「お詫び」と「感謝」をした後、やっと形の修繕に移る。 (例) 石につまづいて転んですり傷を負った場合・・・ 「あ痛っ!ちっくしょ~、ついてねえなあ」とブツブツ文句を言いながら手当てをする・・・これは「×」 「あ痛っ!・・・あ、これはお知らせか。神様、すみませんでした。私が何か天地の理法を外したのですね。お知らせ頂きありがとうございます」と、お詫びと感謝をした後、傷の手当てをする・・・これは「○」  ここまでキチンと言わなくても、心の中で「お詫び」と「感謝」の気持ちが出てくれば、それでいいと思います。 そして初めて、形の修理(とりつくろう)に入るのが、本来の順序です。この順序を外せば、また同じ状況がメグって来ます。  ●はっちゃん:  おお、具体的実践法をありがとうございます。 まだ長谷氏のフミを読んでいないので、そのへんのところはご教授寝返ればありがたいと存じます。m(__)m ――――――――――――――――――――――――――――――  ということですが、いかがなものでしょう。  この真示さんとお話ししていると面白いんです。『平成サムライ談義・in寺田屋二階』みたいな雰囲気になってきますからね。「拙者は・・」とか「貴殿は・・」とか言うわけです。  でね、サムライズといたしましては、【誠を貫く】ということが一義なのでありますが、その第一段階といたしまして【苦への対処】、これがとてつもなく重要な一歩なのでありますね。【苦】があらわれてきたときにどういう心の持ちようであるかが、実は神へ向かうか、雪だるまになってしまうのか、とても重要な分かれ道なのです。私共は目に見える世界だけで対処してしまおうとしがちなので、いち早く【苦】を減らそうと走るのですが、それはヤバイ。神様は、お知らせして原因を見て欲しいのに、かえってその原因から目を逸らせて、よけいに【苦】の元を積み重ねていってしまっているのです。これ社会全体、文明全体でやっていることなのですね・・。  病気でもそうなんですよ。たとえば癌の原因がなんだって、「体に悪い作用を及ぼす細胞の、暴走増殖」とか言っても、そんなの全然原因じゃないですね。ただ単に【状況説明】をしているだけなのです。科学が進んでいるからと言ってもその程度で、全然原因まで到達していないから、いったん状況がよくなったように見えても、あとで別のところに【転移】したりします。これ実は【天意】なのでありあますね。「原因の原因まで見つめ尽くせ~!!」っていう、神様の天意なのだと、私は思います。  で、内観で本当に深い懺悔と感謝、「あ~、私は何者かに生かされているんだ」と、ハラハラと泣いたりする人は、奇跡のように病気が治ってしまったりすることがあるのですね。それ体験談とかで本になっていたりします。【誠】に通じたのです。神様との【真釣り】が戻ったのです・・。  12月に入りますとね、私共の運送業界では毎年【交通安全運動月間】に入るのですが、本当に事故を減らしたいと思うのであれば、事故が【メグリ(カルマ出し)】なんだ、神様からの【お知らせ】なんだと、素直に謙虚に受け止める姿勢(至誠)が大事だと思うのですよね。これは現場でハンドルを握っている人だけではなくて、特に責任者の方々にも、この姿勢は大事なことであると考えます。会社全体が雪だるまになるか、ご開運に向かうのか、実は絶えず選択を迫られていると感じるからなのであります。  【雪だるま】になるってことは、大変なことです。     やがて溶かるる 定め哀しき・・・  経験者が語っているのですから・・ <あとがき>  【マコト生くるが 無事故の基ぞ】って言っておりますがね、  「それじゃぁ、マコトを生きるってなんだんだよ。   あれか? オカッパアタマにして、幼稚園の制服を着ろってことか?」 と、おっしゃる先輩もいるかと思いますが、もちろんそういうことじゃないですね。これからその【マコト】に関しまして、徐々に掘り下げてみましょうか・・ ではまた。。。
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お久しぶりです~(^^)
>カルマを解消するのに、【動く】のは逆効果
これ、似た内容の事を別のところで読みました。
カルマではなく問題対処や新しく何かを始める時のことだったのですが、
”問題などにとりかかる前に、
再チェックや考える時間を持つことは一見停滞のように見えますが、そうではありません。
それは間違えてやり直す時間を短縮してくれる、一番の近道なのです”
というような内容でした。
いまソース探しましたが見つかりませんでした(^^;
問題の根本原因を探るというのは、
内省や内観する時間を持て、ということでしょうか。
なんだかドラマなどで家族にハプニングが起こってみんなが慌てている時に、
ひとり仏壇に向かうおじいちゃんorおばあちゃん、という絵が浮かびました(^^)

まさしく今、その【ハプニング】が、友人のところで起こっております。
「とにかくその【意味】が大事なんだ」
と、見つめるように伝えている私は、本当におじいちゃんのようなものかもしれません。
今日タマタマお休みで、2時間ばかり仏壇&神棚に向かっておりました・・。
人から見ると、何にもしていないように思われがちなおじいちゃんなのですが、そういう人もいないとね(^.^)!!

こんばんは~。 私の気絶事件の折、「いいこ、いいこ」~と、はっちゃんにお言葉をいただきました。覚えておられますか~?で、今日の昼間に私のことで誰かが自分を責めてるのをかんじました。後ろを思いがついてくる。あの時の事だわってひらめいて、「元気になりましたので、ありがとうございます。あれで、よかったんです。」と申し上げたら、また、先ほど感じた思いがついてきて、笑顔でお返ししたら、つらそうな笑顔の波動を感じました。しかし、なんで今頃なんでしょう。あちらの世界は時間というものがないからでしょうか。 一方的なお話になりごめんなさい。

あの~・・・、ちょっと意味を把握しかねますが・・。
そう言えば私も今日久しぶりに「誰かが怒っている」という念を、【恐怖感】で感じました。
で、ちょっとしたカルマ出し体験がありました。
家に帰っても恐怖が抜けないので、心当たりのある方のカルマ関係者に、今ちょうど祈っていたところです。
それはまゆりんさんと同じような体験みたいです。
続く・・

で、「いいこいいこ」の意味なんですが、違って捉えられているかもしれません。
私の能褒野追体験事件は、今の時点で私が感じているのが、あれそのものが神様の【恵み】だということです。
自分の中の【否定性】ですね、それを開放するために神様が仕組んだ【ご守護】だということです。
いわゆる「誰かが怒っている」式のカルマ出しではなかったというのが、私の感覚なんですね。
自分が神様になるための、神の愛の現れと捉えているのです。
だからまゆりんさんにもそれが起こったのでしたら、あくまでもまゆりんさんと神様の一対一のことで、それでまゆりんさんが神成ることになるのだろうと思って、「いいこいいこ」と言ったのです。神様のかわりに代弁したつもりでした。それはたとえばヤマトタケルの怒りを受けてくれたからとか、そういう意味では全然ありません。ヤマトタケルの怒りは彼自身の問題で、誰かに向けるような代物ではないのです。特に火水伝文に出会ってから、そういうものはなくなりました。だから、息子さんに起こったことも含めまして、「誰かが怒っている」と捉えるのは、私は違うと思います。【神様が生まれる】という意味では、捉えられていないのでしょうか。
もうちょっと詳しい話しはメールの方がいいかもしれません。よろしかったらご意見箱にメールください。
今日想定して考えていたのは、祈らら会員の別の人です。まゆりんさんじゃありません。

はっちゃん、ご意見ありがとうございます。昼間の感じた根っこを探ってみました。私のそば近くにおられる御守護神仏様のような感じが致します。上手く説明できませんが~。
「信」を奪おうとしている何者かがいるように思われますか? 

あ、ちょっと恐怖心が強いので、いろいろ勘違いいたしました。
恐怖の理由も違っていたようで、画伯君の事故体験の恐怖を引き受けているようです。。
すいません。。
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シュバン

Author:シュバン
ミクシィで『ひふみ神示』コミュの管理人をしています。人間に見えるけど、猫です。

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